
1964年漬物店「淡路屋」を創業
戦後の高度経済成長期、故郷・淡路島から神戸へ渡った村上芳男。新たな可能性を求めて島を出る人が多い一方、志半ばで故郷へ戻る人も少なくなかった時代でした。神戸でやり抜く。その不退転の決意を胸に、芳男は商いの道を切り開きました。
1964年、阪神御影駅の高架下にある「みかげ市場」で、漬物店「淡路屋」を開業しました。
開業への足がかりは、思い切った挑戦でした。松茸山の1年分の入山権を買い取り、その年の実りに賭ける。運も味方し、山は見事な豊作に。手元のわずかな蓄えにその収益を加え、開業資金をまかないました。
作業には自ら設計した機械を取り入れて手間を減らし、そのぶん価格を抑えたことで、店頭には毎日のように行列ができました。自ら仕組みを考えて手間を減らすこの姿勢は、現社長によるAIを活用した業務改善にも通じています。
1977年12月、ヤマト食品株式会社を設立
村上吉伸が、弟の村上義治とともにスーパーマーケットを始め、ヤマト食品株式会社を設立しました。御影本町の「ヤマト食品」は、のちにテレビでも紹介されました。
2枚目の写真の左側に写る赤ちゃんは、現在の社長です。
1987年4月、株式会社パル・ヤマトに商号変更
1995年1月、阪神・淡路大震災
火災や建物の倒壊で神戸のまちは大きな被害を受け、店は営業できなくなりました。
営業できない状況のなか、当社はまだ小さな会社で、店にある商品も多くありませんでしたが、生鮮品をはじめほかの商品はすべて、地域の人々に無償で提供しました。そのなかで、配りやすい漬物は、当時小学4年生だった村上文俊(現・代表取締役社長)が、道行く人々に手渡しました。
「商売の基本はモノを売ることではなく、信用に応えること」
スーパーマーケットが各地に生まれた黎明期を経て、当時は大手チェーンから地域に根ざした店まで、多くのスーパーがしのぎを削っていました。震災は、そうした店々と地域社会との関わり方を改めて問い直す出来事となりました。厳しい状況のなか、自社の商いを優先するか、地域の暮らしを支えるかによって、企業の対応には大きな違いが表れました。当社が選んだのは、地域社会とともに生きる道です。まちの復興とともに店は以前にも増してにぎわい、その後の出店につながりました。
1998年11月、芦屋店を開店
芦屋市川西町に出店しました。当社で最も小さな売場ながら、当時の会社を支えた大切な店舗です。現在は、対面の水産売場、店内で手切りする畜産売場、手作りの寿司売場を備えています。
2000年11月、青木店を開店
創業の地・御影と同じ神戸市東灘区に出店しました。現在は本社を併設しています。
2005年11月、六甲店を開店
国道2号線沿いの「グランド六甲」内に、テナントとして出店しました。当社最多の192台を収容する地下駐車場を備え、雨の日も濡れずにお買い物を楽しんでいただけます。
2012年2月、西宮店を開店
国道171号線沿いの西宮市若山町に出店しました。当社で最も広い売場を備えています。
現在の西宮店
2015年村上文俊が入社
現場で培われてきた貴重な技能を、次の世代へつなぐ取り組みを始めました。試行錯誤を重ねながら、一つひとつの技や判断を理解し、その考え方や手順を整理して、受け継げる形にすることを目指してきました。
2021年9月、夙川店を開店
「夙川グリーンプレイス」内に出店しました。当社は仕入れ先の市場が休む日曜日を定休日としていますが、夙川店は日曜日も営業しています。
2022年10月、西宮店がランキングで兵庫県1位を獲得
ウェブメディア「ねとらぼ」の「兵庫県で高評価のスーパーマーケット」ランキングで1位となりました。翌年にかけても、たびたび1位に選ばれています。
2023年6月、村上文俊が代表取締役社長に就任
先代の方針「誠実に、正直に」を受け継ぎ、お客さまに求められている当社の立ち位置とは何かを、改めて考え直しました。そこで軸に据えたのは、当社の強みである生鮮食品です。仕入れで品物を見極め、店で加工して届ける力をさらに磨き、生鮮のおいしさと選ぶ楽しさを日々の買い物で感じていただける店づくりを目指しています。
2024年4月17日、芦屋店をリニューアルオープン
畜産売場に「肉のヤマト」の看板を掲げ、水産売場の壁を大きな波の絵とマグロの造形で飾りました。あわせて、木曜日の農産と水産の朝市を始めました。
4月、大卒・高卒の新卒採用を再開
大学や高校を卒業する方の採用を再開し、新卒の仲間を迎えています。
2025年10月30日、西宮店をリフレッシュオープン
入口から正面の突き当たりに、生けすを備えた対面の水産売場を設けました。お客さまと話しながら魚を販売し、選ばれた魚はその場でさばきます。神経締めにも応じています。
当社の方向性を変える転換点と位置づけた改装で、リフレッシュオープンの朝には200人ほどのお客さまが開店を待って並びました。
水産売場に、くじらとまぐろの造形
水産売場の上にあるくじらとまぐろの造形は、社員の声から生まれました。
2026年3月、朝日新聞に西宮店の水産売場が掲載
「魚の頭はなぜ左向き?」を取り上げた記事に、西宮店の水産売場の写真が使われました。
5月、西宮店で約60kgの生本まぐろを解体
店頭で1本まるごと解体しました。その後も定期的に、まぐろの解体ショーを実施しています。
6月、芦屋店に寿司室を新設
店内に寿司をつくる部屋を設け、店で寿司の製造を始めました。
歩みは、次の食卓へ続きます。